大判例

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大阪地方裁判所 昭和23年(ヨ)461号 決定 1948年6月24日

申請人

オーエス映画劇場株式会社

被申請人

京阪神急行電鉄株式会社

被申請人

京阪神急行電鉄労働組合

主文

申請人の申請はこれを棄却する。

申請費用は申請人の負担とする。

申請の趣旨

申請人から被申請会社に対して提起する送電停止禁止の訴、及び被申請組合に対して提起する電力施設使用妨害禁止の訴の判決確定に至る迄被申請会社と被申請組合との間の労働争議に基いて被申請組合の決行するストライキの都度、(イ)被申請会社は申請人の経営する神戸市阪急会館三宮劇場及び三宮映画館の映画上映並びにその営業に必要な電力の供給を停止してはならない。(ロ)別紙目録記載の物件(電力施設)に対する被申請人等の占有を解いて申請人の委任する執行吏にその保管を命じ、執行吏は申請人に右物件の使用を許すことができる。(ハ)被申請組合は被申請会社が申請人に対して行う電力の供給及び申請人が執行吏の許可を得て行う前記物件の使用を妨害し、その他申請人の営業妨害となる一切の行為をしてはならないとの仮処分命令を求める。

事実

申請人は映画の制作請負、演劇映画その他各種興業娯楽機関の経営、映画の売買賃貸借等の目的で、昭和二十一年十二月十六日資本金一千万円(後に一千万円増資)を以て設立された株式会社であつて昭和二十一年十二月三十一日被申請会社所有の神戸市阪急会館について又昭和二十二年五月二十五日同じく被申請会社所有の同市三宮劇場、三宮映画館について被申請会社との間に、(1)被申請会社は右三館の建物及びその附属設備(本件係争の別紙目録記載の物件を含む)を提供し申請人はこれを劇場として経営すること、(2)申請人は被申請会社に対し右三館の経営によつて得た総収入から全経費を控除した利益の半額を毎月末被申請会社事務所に持参支払うこと、但し右金額が阪急会館について金三万円三宮劇場及び三宮映画館について金四万円未満のときはそれぞれ前者について金三万円、後者について金四万円とすること等の約定で右三館の利用経営に関する契約を締結し爾来右三館の興業経営をしているのであるが、被申請組合は日本私鉄労働組合総連合会の加入組合として賃金値上等の要求貫徹の為め被申請会社との間に労働争議に入り地域闘争を展開し既に昭和二十三年六月二十日第一次二十四時間ストライキを決行したがなお解決の見込がつかない為更に来る二十四日、二十四時間ストライキ、二十六、七両日第三次四十八時間ストライキ等を続々と計画しこれが決行の公算頗る大である。しかして被申請組合は右ストライキ決行に際し被申請会社に対し申請人経営の阪急会館外二館に対し申請人経営の阪急会館外二館に対する送電停止を通告し被申請会社は申請人に対しこれが防止手段なく送電停止となるも已むを得ない旨を通告して来たので申請人は六月二十日第一次ストライキ決行に備えて大阪地方裁判所に本件と同旨の仮処分を申請し(同庁昭和二十三年(ヨ)第四四九号仮処分事件)その仮処分命令の執行によつて辛うじて送電停止を避止することができたのであるがこの争議が解決しない限りストライキ決行の都度電送停止を受けること必至の情勢にあるものである。しかし、(一)被申請組合の決行するストライキの範囲は被申請組合が宣言している通り被申請会社の運行する電車の一定時間の運転休止であつて電車運転と関係のない、労働争議からいえば第三者である申請人経営の本件映画館に対する電力供給の如きはストライキの範囲から除外すべきである。元来ストライキは労働者に認められた争議権の行使であつてそれが正当である限り第三者に対し損害を及ぼすことも是認すべき場合があることは勿論であるが労働者はストライキを行うに当つては極力第三者に損害を及ぼさないよう細心の注意を加えその損害を必要な最少限度に止むべきである。本件映画館に対する送電は僅か二、三名の技術員を配置するだけで簡単に電車運転に要する動力送電と分離操作できるものであるからこれをストライキの範囲から除外するのが当然でありこれをストライキの範囲に加えたのは適法な争議行為の範囲を逸脱しているのみならず現に去る六月二十日の第一次ストライキ決行の際にも被申請会社が賃貸している本件映画館を除く省線三宮駅高架下商店街に対しては平常通り送電しているにもかかわらずことさらに本件映画館に対してのみ送電停止の挙に出るが如きは明らかに申請人のみに損害を及ぼすことを目的とするものであり争議権の濫用として法律上不当な争議行為である。(二)仮りに本件送電停止が適法な争議権の行使であるとしても被申請会社は申請人に対し本件映画館の電力を供給すべき契約上の義務あることは明らかであるから被申請組合のストライキにより送電停止の結果を生ずる場合においても被申請会社はその執り得る適切有効な手段を講じてその義務を履行しなければならぬ。被申請会社と被申請組合との間の労働協約第五十七条には「会社は争議期間中他の一切の労務供給契約をしない」との条項があるけれども被申請会社の重役その他被申請組合の組合員に属しない部課長自ら出勤して送電作業の配置についたとしても何等右協約条項に違反するものではない。

被申請会社はかかる自ら執り得る適切有効な措置を講じないで電力供給義務を履行しないのであるからストライキにかかわりなく契約上の義務を履行すべきは当然であり被申請組合も亦争議権の行使を口実として被申請会社の電力供給義務の履行を妨害することは許されない。従つて申請人は民法第四百十四条第二項により被申請会社の費用を以て第三者にこれを為さしめることを裁判所に請求することができると解しなければならぬ。以上述べた通り被申請人等の不当な本件送電停止によつて申請人は阪急会館外二館の興業休止の已むなきに立ち至り巨額の営業収益を喪失するばかりでなく観客に信用を失墜する等切迫した危険に曝されているので前記本案訴訟における勝訴判決の確定を待つていてはこの危険を除去することができないことは事案の性質上当然である。申請人はこの仮処分命令によつて一時権利の完全な実現を得たのと殆んど同一の状態を獲得するけれどもこれは被保全権利及び避けようとする危険の性質上已むを得ないところであつて(扶養料の支払、競業禁止の仮処分はその適例である)民事訴訟法第七百六十条の仮りの地位を定める仮処分は正しくかかる危険を避止する場合に適用すべきであるとゆうのである(疎明省略)。

理由

按ずるにいずれも真正に成立したと認められる甲第一乃至四号証によれば申請人と被申請会社との間に申請人主張の日に各々その主張の通りの内容の神戸市阪急会館外二館の映画館の利用経営に関する契約が成立したこと、被申請会社と被申請組合との間に申請人主張のような労働争議が発生し被申請組合は申請人主張の通り第一次ストライキを決行し続いて第二次、第三次ストライキも不可避の情勢にあること及び被申請会社は被申請組合から申請人主張の通り送電停止の通告を受けたので申請人に対しても事態已むを得ずとして送電停止の通告をしたことを認めることができる。次に被審人岡市義徳の陳述によれば被申請組合は日本私鉄労働組合総連合会関西地方連合会傘下の労働組合として昭和二十二年十一月頃から賃金スライド制の獲得、輸送復興会議の設置の要求貫徹の目的で被申請会社と交渉を重ねその間昭和二十三年二月一日大阪地方労働委員会に調停を申請し同委員会は調停の必要があると決議したので爾後三十日を経過した同年三月四日適法に争議行為を為す権利を獲得したが(労働関係調整法第三十七条第十八条第一項第三号)同年五月七日中央労働委員会における私鉄総連合と経営者連盟との間に成立した調停に基く覚書に従ひその具体的細目の協定及び実施について紛争を生じ容易に妥結を見ない為め被申請組合はその要求を貫徹する為め前記のような波状的ストライキ決行を組合大会で決議しその旨を被申請会社に通告し同年六月二十日第一次ストライキ、同月二十日第二次ストライキを決行したこと被申請組合は進駐軍及び同関係要員輸送電車の運行を除いて被申請会社の業務全般(一般乗客輸送電車の運行のみならず宝塚、西宮、千里山その他附帯設備全部)に亘つてストライキを決行したので本件係争の電力施設による申請人に対する送電業務も亦ストライキの範囲に包含されたのでありこれをストライキの範囲から除外しなかつたことが特に申請人に損害を与える意図に出たものではないことを認めることができるから本件ストライキは労働組合法によつて認められた労働者の争議権の行使としてその手続においても又方法においても合法且正当であると認めなければならぬ。申請人は本件送電停止は正当な争議行為の範囲を逸脱し又は争議権の濫用であると主張するけれども本件映画館に対する送電作業が被申請会社の業務に属する以上ストライキの範囲に包含されるのは当然であつて被申請組合が故意に申請人のみに損害を与えることを主たる目的としてこれをストライキの範囲に加えたとゆう事実の疏明がない限り正当な争議行為の範囲を逸脱しているとは認め難く又本件ストライキによつて申請人のこうむる損害は本件映画館の興行停止による営業収益の喪失とゆう経済的損害でありこれが為め人命身体の安全を害しその他公益上放置できない程度に急迫した危険を生ずるものでないからかかる意味においても争議権の濫用とは認め難い。一般に労働者又は労働組合の正当な争議行為によつて第三者に損害を及ぼした場合に不法行為を構成するかは明文の規定を欠き解釈上困難な問題であるが労働組合法第十二条が労働者又は労働組合の正当な争議行為によつて使用者に損害を及ぼした場合には使用者に対して損害賠償義務を負はないことを規定している立法の精神に鑑みるときは正当な争議行為によつて第三者に損害を及ぼした場合にも第三者はこれを労働者の地位の向上を図り経済の興隆に寄与することを目的として争議権を認めたことに由来する真に已むを得ない損害として忍容し労働者又は労働組合に対し損害賠償又は争議行為の停止の請求権を有せず第三者に対する不法行為乃至債権侵害を構成しないと解するを正当とし、従つて申請人も本件送電停止による損害について正当な争議行為から当然発生する損害としてこれを忍容し被申請組合に対し損害賠償は勿論争議行為の停止の請求権を有しないと断じなければならぬすなわち労働争議の合法性の法律上の効力は単に使用者及び労働者間の内部関係のみに限定されるのでなく右に述べた限度においては使用者と取引関係に立つ第三者に対する外部関係にも及ぶと解しなければならぬ、次に申請人が被申請組合に対し争議行為の停止を請求する権利を有しないとしても更に問題となるのは申請人が前記契約に基いて、被申請会社に対し電力供給義務の履行を請求し被申請会社がこれに応じて履行しようとする場合に被申請組合は、ストライキ(罷業権)の侵害を理由として債務の履行を阻止することができるか換言すればこの場合申請人は被申請組合に対し、妨害排除を請求することができるかの点である。思うに被申請会社の申請人に対する前記契約に基く、電力供給義務は本件ストライキによりその当日を限り履行不能に帰したものと認むるを正当とする。けだし債務が不履行に帰したか、否かは諸般の事情を総合して社会通念に従つて判断すべき事項であつて、この点を審究するに、前記契約上の電力供給義務は電車運転動力用電力から配分送電を受けている関係上本件電力施設を通じてのみ送電されるとゆういわば、その給付の方法が特定している債務であり、しかもその送電作業は被申請会社の従業員がこれを担当しているのであるが前示岡市被審人の供述によれば被申請会社の従業員を以て組織する被申請組合は殆んど完全に近いクローズトシヨツプを採用し従業員は同時にすべて組合員たることを原則とし(労働協約第一条、第十三条、第十四条)又その労働協約には争議期間中被申請会社は他と一切の労務供給契約をしないいわゆるスキヤツプ条項(労働協約第五十七条)が挿入されていることを認めることができるから被申請組合の従業員は少数の会社利益代表者を除く全員を以て被申請組合を組織し本件争議に際しても闘争本部の指令下に全員ストライキに参加しているのに対し被申請会社は争議期間中他から一切の労務の供給を受けることができないのであるから(罷業破りの禁止)被申請会社は自ら労働協約を破棄し他から技術者を傭入れる違法な争議行為を敢てしない限り本件電力供給義務を履行することは不可能である。もとよりこの条項は労働協約の債務的部分であるから労働協約の当事者以外の第三者に対して拘束力を有しないことは勿論であつてこれを破棄すると否とは専ら被申請会社の意思にかかつているけれども労働争議の合法性の法律上の効力は単に争議の当事者間だけの問題ではなく当事者以外の第三者に対する関係においても主張し得る場合があることは先に述べた通りであり又違法な争議行為によつて生じた損害については一般不法行為の原則により争議の相手方のみならず第三者に対しても損害賠償の責任を負担しなければならぬことを考慮するときは被申請会社に対し労働協約の破棄を強制してまで本件債務の履行を請求することは信義の原則に反するものである。申請人は被申請組合の組合員に属しない部課長自ら出動して本件電力供給義務を履行することが可能であつてそれは前記罷業破りの条項に何等違反するものではないと主張するけれども被申請会社のような多数の従業員を擁し広汎な規模と複雑な組織を有する事業の全般に亘るストライキにおいてその重役又は非組合員たる部課長の中に偶々技術者があつて本件係争の電力施設の操作を担当することが出来るからといつてその債務を履行可能なりとして債務不履行の責任を免れ得ないとする如きは社会通念に反するものである。すなわち被申請会社は自己の争議行為の合法性を維持確保しようとすれば最早他に右契約上の義務を履行する何等の手段方法を有しないからかかる事実関係の下にあつては本件電力供給義務はストライキ決行の当日を限り債務者たる被申請会社の責に帰すべからざる事情によつて履行不能に陥り消滅したものと認むるを相当とする。従つて申請人は被申請会社に対してストライキ決行の当日を限り前記電力供給契約に基く現実的履行請求権を有しないから被申請会社に対し民事訴訟法第七百六十条の仮りの地位を定むる仮処分として民法第四百十四条第二項所定の代替執行を求むる仮処分及び右現実的履行請求権の存在を前提として被申請組合に対する妨害排除請求権の保全を求むる仮処分の申請はいずれも失当である。(若し被申請会社が労働協約に違反して他より技術者を傭入れ本件電力施設に配置し送電を強行しようとすれば反対に被申請組合はストライキの効果を確保する為めピケツト・ラインを形成して暴行脅迫に亘らない範囲で被申請会社による罷業破りを監視しこれに必要な措置に出ることが許されるものと解すべきである)よつて申請人の本件申請はこれを棄却すべきものとし申請費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り決定する。

(別紙目録省略)

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